モヤっとしていたことが霧が晴れたようにわかる!書評「世界は贈与でできている」近内悠太著

今年読んだ本の中で一番心に刺さったのが黒田悠介さんの「ライフピボット」。人生のバイブルとして繰り返し読んでいます。おそらく、しばらくNo.1の座は変わらないと思います。

人生100年時代のバイブルに出会った!書評「ライフピボット 縦横無尽に未来を描く 人生100年時代の転身術」黒田悠介著

 

その黒田さんと「世界は贈与でできている」の近内悠太さんの対談が丸善ジュンク堂書店のコラボで実現することになりました。「世界は贈与でできている」は以前から気になっていたので、迷いなく申込みをし、先日読了しました。

 

結論から言えばこの「世界は贈与でできている」も素晴らしい内容で今年読んだ本の中ではもちろん、今まで読んだ本の中でも上位に入ります。帯に載っている著名な方々のコメントを見れば必読ということがわかるかと思います。

 

「贈与」の原理とは何かという難しい問いに挑んでおり、かなりわかりやすく説明されています。「贈与」という概念はどうもわかりにくく、今まで霧がかがったようにモヤモヤしていたことが色々ありましたが、それがスカッと晴れたように文章化されています。ライフピボット同様、読み終わったら付箋だらけになりました。

 

この本のテーマ自体が難しいこともあり、平易な文章ではありませんので普段本を読んでいない方は読みこなせないかもしれません。いくつか印象に残った箇所を紹介しますが、ほんの一部なので、ぜひ多くの方にこの本を読んでいただき贈与の仕組みを理解して欲しいと思います。

他者から贈与されることでしか、本当に大切なものを手にすることができないのです。

例えば、自分で買った時計は紛失してもまた買い直せばいいですが、大切な人から贈られた時計を紛失したら買い直しても、贈られた人からの思いを取り戻すことができないため同じものを手に入れることはできません。

なぜ祖父母は孫を溺愛するのかも理解できます。祖父母にとって、孫は贈与の義務から開放された対象です。厳格な「父」が孫を抱いた瞬間、柔和な「おじいちゃん」に一変するーーーという現象は、義務を果たしたことからくる余裕によるものかもしれません。

贈与が無くなった世界(交換が支配的な社会)には、信頼関係が存在しない。裏を返せば、信頼は贈与の中からしか生じないということです。だとすると、交換的な人間関係しか構築してこなかった人は、そのあとどうなるのか?周囲に贈与的な人がおらず、また自分自身が贈与主体でない場合、僕らは簡単に孤立してしまいます。

交換の論理を採用している社会、つまり贈与を失った社会では、誰かに向かって「助けて」と乞うことが原理的にできなくなる。
「誰にも依存せずに、きちんとひとりで生きていける人」、それが大人の条件だ、と言われたら、たしかにそうだ、と納得しそうになります。
ですが、誰にも迷惑をかけない社会とは、定義上、自分の存在が誰からも必要とされない社会です。

交換の論理に侵食され、行為の意味を無時間的に求め、「待つ」ことができなくなったとき、つまり、「贈与は必ず届く」と思い込んでしまったとき、破壊されるシステムがあります。
それは「家族」です。

他者の善意はときとして呪いとなる。
そう、僕らがつながりに疲れ果てるのは、相手が嫌なやつだからではありません。
「いい人」だから疲れ果てるのです。
いや、正確には「いい人だと偽る人」からのコミュニケーションによって疲れ果てるのです。
そして、ここに贈与と交換の交錯地点があります。

贈与者は名乗ってはなりません。名乗ってしまったらお返しがきてしまいます。
贈与はそれが贈与だと知られない場合に限り、正しく贈与となります。
しかし、ずっと気づかれることのない贈与はそもそも贈与として存在しません。
だから、贈与はいつかどこかで「気づいてもらう」必要があります。
あれは贈与だったと過去時制によって把握される贈与こそ、贈与の名にふさわしい。
だから、僕らは受取人としての想像力を発揮するしかない。

贈与は合理的であってはならない。
不合理なものだけが、受取人の目に贈与として映る。
というよりも、他者からの贈与は僕らの前に、必然的に不合理なものとして現れるのです。

サンタクロースは人ではありません。
見返りを求めない純粋贈与という不合理性を合理性へと回収するために要請される装置、機能に与えられた名前であり、贈与の困難を切り抜ける方法だったのです。
そしてサンタクロースの機能は純粋贈与をするだけでは終わりません。
その正体は親だったということを子が知った瞬間にサンタクロースは役目を終えます。
僕らは「サンタクロースなどいない」と知った時、子供であることをやめる。
つまり、サンタクロースの機能の本質はどこにあるかというと、「時間」です。名乗らないというのは、時間を生み出すための手段なのです。

どれだけ多くを知っていたとしても、それだけでは教養と言えません。手に入れた知識や知見そのものが贈与であることに気づき、そしてその知見から世界を眺めたとき、いかに世界が贈与に満ちているかを悟った人を、教養のある人と呼ぶのです。
そしてその人はメッセンジャーとなり、他者へと何かを手渡す使命を帯びるのです。
使命感という幸福を手にすることができるのです。

そして終盤では「ゆっくりいそげ」で有名なクルミドコーヒーの取り組みに贈与が大きく関わっているということが書かれていました。この本も素晴らしいので時間があればぜひどうぞ。

黒田さんと近内さんの対談の日時は5月14日(金)19時から。オンラインで配信され、一週間はアーカイブが残ります。このお二人が対談するとなれば面白くないわけがありません。この時間に都合がつかなくても後で見ることができますので安心してお申し込みください。

 

これからの時代に必要な知識を得られる「ライフピボット」と「世界は贈与でできている」、どちらも超オススメなので、ぜひこの機会に申し込んで、本を読んだ上でセミナーを聴いて学びを深めてみてはいかがでしょうか。なお、本が届くまでに少し時間がかかりますし、どちらもそこそこボリュームがあるので申し込むなら早めにどうぞ。

 

 

ほな!おおきに!

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