「あたりまえ」の中の深いメッセージ 「飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ」の著者井村和清氏の詩に学ぶ







今日は、ある詩について紹介いたします。

その詩のタイトルは「あたりまえ」。

著者は、医師であり、また「飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ」という本の著者でもある井村和清氏。

先日、経営者としてのあり方や帝王学について学ぶセミナーに参加した際、この本と詩が紹介されました。

その時の感想や詳細は以前、ブログに書いていますので、興味があればぜひチェックしてみてください。

最初の数ページから泣けます… 書評「飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ」井村和清著

 

さて、この「あたりまえ」という詩、一見すると日常の当たり前のことを述べているだけのように思えますが、実は深いメッセージが込められています。

あたりまえ

あたりまえ、こんなにすばらしい事を
みんなはなぜ喜ばないのでしょう

お父さんがいる
お母さんがいる

 

手が二本あって
足が二本ある
行きたい所へ自分で歩いて行ける

 

手を延ばせばなんでも取れる
こんな幸せはあるでしょうか

しかし
誰もそれを喜ばない
あたりまえだと笑ってすます

食事がいただける夜になるとチャンと眠れて
そして又朝が来る

 

空気が胸一杯にすえる
走り回れる
笑える 泣ける 叫ぶこともできる

 

あたりまえのこと みんな、みんな
あたりまえのこと

こんなすばらしいこと皆は喜ばない
そのあたりまえのありがたさを知っているのは
それを失くした人達だけ

なぜでしょう

 

 

この詩は、私たちが日常で感じる「当たり前」の幸せや恵みについて、深く考えさせられる内容となっています。

私たちが普段、何気なく過ごしている日常の中には、実はたくさんの「当たり前の幸せ」が散りばめられています。

しかし、残念ながら、未成年の自殺が過去最多を更新するなど、多くの人々がその「当たり前の幸せ」を感じられていない現状があります。

この詩を通して、私たち一人一人が、日常の中の小さな幸せや恵みを再認識し、その価値を大切にすることの大切さを伝えたいと思います。

最後に、この詩を読んで、皆さんがどんなことを感じたのか、ぜひコメントやフィードバックをお待ちしています。

そして、この詩のメッセージを胸に、今日も一日、当たり前の幸せを大切に過ごしてみてください。

ほな、おおきに!